日がな一日、ディスプレイに向かって目を凝らしているとさすがに目や頭が疲れる。
夕刻だというのに、まだまだ戸外は明るいので、ちょいと近所の通りを散歩することにした。
通りの裏手に回ると、新緑が溢れたちょいとした植樹園がある。さほど手入れがされていないようで、梅の木々も放任されて伸び切っているし、地面の方も、丹念な野菜作りとも言えず、いわば成り行きに任せた状態だ。
しかし、疲れた目にとっては、あたり一面の緑が優しく映る。また、そんな空間を通ってそよいでくる風も、幾分かの湿気を含み、とても柔らかな感触だ。
ほんのすぐ近くの畑地を、二羽のつがいらしい "ムクドリ" がちょこちょことかわいらしく歩いていた。そうしているだけで満足そうであった。決してより多くを望むべくもない、というように......。
遠くの民家の壁が、初夏の夕日をまぶしく照り返している。
夕刻だというのに、まだまだ戸外は明るいので、ちょいと近所の通りを散歩することにした。
通りの裏手に回ると、新緑が溢れたちょいとした植樹園がある。さほど手入れがされていないようで、梅の木々も放任されて伸び切っているし、地面の方も、丹念な野菜作りとも言えず、いわば成り行きに任せた状態だ。
しかし、疲れた目にとっては、あたり一面の緑が優しく映る。また、そんな空間を通ってそよいでくる風も、幾分かの湿気を含み、とても柔らかな感触だ。
ほんのすぐ近くの畑地を、二羽のつがいらしい "ムクドリ" がちょこちょことかわいらしく歩いていた。そうしているだけで満足そうであった。決してより多くを望むべくもない、というように......。
遠くの民家の壁が、初夏の夕日をまぶしく照り返している。
こうした明るく穏やかな通りをぶらぶらと散策していると、どうしても、これらとは正反対としか思えない世相の険しさが頭の中をよぎる。
どうしてこんなにまで荒んでしまったのか、非難して然るべき対象は歴然として存在はする。しかし、社会的な現象というものは、多くの場合その社会構成員に無関係に発生するものでないことも事実のようだ。
ふと、昨晩観ていたTVドキュメンタリーの一部を思い起こすに至った。
サブプライム問題を引き金とした今回の世界同時金融危機を、要するに、仕組まれた "カネ余り状況" という点から見つめ直そうというものであった。
あのFRBのグリーンスパン氏などの行動軌跡が丹念に追跡されていた。米国および世界の "カネ余り状況" を生み出し続けたのは、低金利・金融緩和策を継続的に推し進めたグリーンスパン氏などが "下手人" だったはず、という論調であった。
が、その番組では、ひとつの興味深い観点を打ち出していた。
面倒なので詳細は端折ることにするが、裏山で "バッグ入りの大金" を拾得したとするとある主婦が、警察での尋問過程で "狂言"だと暴かれることになる。実は、あの "FX投資" で儲け続けた主婦(c.f.「ミセス・ワタナベ」)が、納税を避けようとして拾得物に名を借りようとしたというのである。
そして、番組の進行は、確かに、今回の仕組まれた "カネ余り状況" ⇒ 世界同時金融危機の主たる原因は、グリーンスパン氏などに代表される一連の金融リーダーとその政策の誤りにあったことは否定できない。しかし、こうした経済・金融の推移を是認しつつ、あるいは肯定しつつ便乗して、イージーカムの "利" を求め、より贅沢な物質的環境を追求した多くの名もない人々には、何の責任は無いと言えるのだろうか......、という観点なのである。
もちろん、 "主犯" 、しかも政府や公的機関のミスリードは徹底的に批判し、改革されなければ世界は滅ぶことになる。
が、もう一方で、見過ごせない事実がありそうな気がする。
極めて些細なこととも見なされる個人の判断やアクションでも、いつの間にか "累積" することで、巨大な "怪物" を活性化させてしまうという、そんな構造が、現代においては容易く成立してしまうという事実なのである。
あの "Amazon"商法で有名になった "ロングテール" というのは、奇しくもこの "塵も積もれば山となる" 現代的特徴を裏側から照らしているわけだ。
カッコいい事を言うつもりはない。生活にはカネも必須である。が、より多くを欲することへの "制御" も、また必須なのであろう...... (2009.05.18)
どうしてこんなにまで荒んでしまったのか、非難して然るべき対象は歴然として存在はする。しかし、社会的な現象というものは、多くの場合その社会構成員に無関係に発生するものでないことも事実のようだ。
ふと、昨晩観ていたTVドキュメンタリーの一部を思い起こすに至った。
サブプライム問題を引き金とした今回の世界同時金融危機を、要するに、仕組まれた "カネ余り状況" という点から見つめ直そうというものであった。
あのFRBのグリーンスパン氏などの行動軌跡が丹念に追跡されていた。米国および世界の "カネ余り状況" を生み出し続けたのは、低金利・金融緩和策を継続的に推し進めたグリーンスパン氏などが "下手人" だったはず、という論調であった。
が、その番組では、ひとつの興味深い観点を打ち出していた。
面倒なので詳細は端折ることにするが、裏山で "バッグ入りの大金" を拾得したとするとある主婦が、警察での尋問過程で "狂言"だと暴かれることになる。実は、あの "FX投資" で儲け続けた主婦(c.f.「ミセス・ワタナベ」)が、納税を避けようとして拾得物に名を借りようとしたというのである。
そして、番組の進行は、確かに、今回の仕組まれた "カネ余り状況" ⇒ 世界同時金融危機の主たる原因は、グリーンスパン氏などに代表される一連の金融リーダーとその政策の誤りにあったことは否定できない。しかし、こうした経済・金融の推移を是認しつつ、あるいは肯定しつつ便乗して、イージーカムの "利" を求め、より贅沢な物質的環境を追求した多くの名もない人々には、何の責任は無いと言えるのだろうか......、という観点なのである。
もちろん、 "主犯" 、しかも政府や公的機関のミスリードは徹底的に批判し、改革されなければ世界は滅ぶことになる。
が、もう一方で、見過ごせない事実がありそうな気がする。
極めて些細なこととも見なされる個人の判断やアクションでも、いつの間にか "累積" することで、巨大な "怪物" を活性化させてしまうという、そんな構造が、現代においては容易く成立してしまうという事実なのである。
あの "Amazon"商法で有名になった "ロングテール" というのは、奇しくもこの "塵も積もれば山となる" 現代的特徴を裏側から照らしているわけだ。
カッコいい事を言うつもりはない。生活にはカネも必須である。が、より多くを欲することへの "制御" も、また必須なのであろう...... (2009.05.18)


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