つい先ほど、電気関係の "出張修理" でおふくろのところへ行ってきたのだった。依頼対象は、キッチンの流し台の上に設えられた蛍光灯と、電気レンジの魚焼き器であった。 蛍光灯については、 "ヒモ" を引いてON・OFFを切り替える、その "ヒモ" が切れてしまったというのであった。
また、魚焼き器については、 "蓋" を外したところ、どう取り付ければいいかわからなくなったというものであった。
実は、今朝、今年最後の墓参りに一緒に行った際に頼まれたのである。既に、姉が "大掃除" らしきものをとり行い、その際に、この手の案件はやすおに頼めばいいと言ったそうなのである。
今日は、自宅の方もあれこれと日曜大工ふうのことをこなし、クタクタではあったが、どうせならばまとめてこなすべきかと、おふくろのところへも "出張修理" に出向くことにしたのである。聞いていた限りでは "困り事" の様子はおおよその推測はできており、ほんの2、30分で "楽勝" できるものと高を括っていたのである。
ところが、さにあらず、思いのほか梃子摺ってしまい、結果的には2時間弱の番狂わせとなったのだった。
先ず、蛍光灯の "ヒモ" なのであるが、自分が想定していたのは、布製の "ヒモ" なんぞが、それを取り付ける金具のところで切れてしまっていて、ただその金具を引っ張り出して新しい "ヒモ" を結び替えてやれば済むという程度であった。
ところが、詳細は省くが、そんな簡単なことではなく、本体内部のスイッチ・ボックスの、その中で不具合が発生していたのである。しかもそのことがわかるために、流し台の上の棚に向かって不自然な格好で作業を小一時間もするはめとなったのだった。おまけに、 "通電経路" が不明であったために、危うく "感電" しそうにまでなってしまった。
で結局は、その不具合部分は修復不可能と判断せざるを得なくなり、思案しながら "通電経路" の確認をしていたところ、その蛍光灯の大元のスイッチが、流し台の脇の壁に隠れて存在したのがわかったのである。つまり、その壁のスイッチを操作しても良いし、それをONにした状態で "ヒモ" の操作をしても点灯と消灯の操作ができるということなのであった。
おふくろや姉は、長年、壁のスイッチがあることには気づかずに、 "ヒモ" だけを頼りにしてきたというわけなのだった。まあ、ありがちなことだといえばそうでもある。
そこで、結局は、この際 "ヒモ" の操作は無しととり決め、壁のスイッチで賄うということをおふくろに勧めることにしたのであった。おふくろも、 "ヒモ" がなければ、流し台作業は手暗がりになるとばかり "思い込んでいた" ため、あっさりと納得することになったのである。
もう一方の魚焼き器の "蓋" なのであるが、こいつがまたまた厄介な代物だったのである。もっとも、その製品の取り扱い説明書が保存してあれば、何ということもなかったはずである。が、どこでもそうであろうが、そんなものはとっくに紛失していた。
あれやこれやと試行錯誤した上でやっとのことで、その "組み木細工" のような仕組みを読み解いたのだったが、まさに、 "組み木細工" か "知恵の輪" かという難物以外ではなかった。
散々、手を焼かされて組みあがったそいつを腕組みしながら眺めながら思ったものである。この製品を考案した奴は、さぞかし凝り性な設計屋だっただろうな、で、やっぱり君は間違っていたよ、こんな製品を作るのに決して "凝ってはいけない" のだよ、おばちゃん連中が扱うのだから、思いっきり "バカチョン" 操作ができること、それ以外ではないのだよ......、ねっ君! と。
ということで、冒頭に書いた、 "独居老人" の暮しというものは、どうしても "こうなっちゃう" もの、というのは、 "老人" をバカにしてのことではないのである。
端的に言えば、この世の中には、まともな現役の大人でも梃子摺らされるわかりにくい環境や製品なんぞが、涼しい顔をして居座っているために、現役人たちだって首を傾げる羽目にさせられる事が多々あるのだ。この時代環境には意外と "ブラックボックス" が放任されていて、境遇に関係なく、多くの人たちが不便を強いられてもいるわけなのである。
ただ、悲しいかな、 "独居老人" たちは、日頃から何かと "自分は非力だ" と言い聞かされるような状況にあるために、結局は "ギブアップ" させられ、なおのこと自信喪失にさせられてしまうのかもしれないのだ。
しかしこれからは、破格の高齢者時代であり、またいたるところに "独居老人" の暮しが蔓延する時代でもある。
生活環境や、新製品などの企画に携わる若い連中は、 "自分は非力だ" と思い込む人々を勇気づけられるような気遣いと知恵の発揮をますますしなければならないだろう。おばちゃん連中向け "バカチョン" 操作水準を想定するだけではまだまだ不足なのである。もっともっとわかりやすい水準を考案し、できれば高齢者たちの自尊心を傷つけないことを心がけるべきなのである。ただ、これは意外と難易度の高い "マンマシーン・インターフェイス" 研究になる可能性がありそうだ...... (2008.12.28)


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